55_蝋人形館の殺人

蝋人形館の殺人 (創元推理文庫)

蝋人形館の殺人 (創元推理文庫)

行方不明の元閣僚令嬢が、他殺死体となってセーヌ河で発見された。予審判事バンコランは、彼女が最後に目撃された蝋人形館の館主を尋問したのち、その館へ赴き展示を見て回るが、そこで半人半獣の怪物像に抱かれた女の死体を発見する。頽廃の都を震撼させる異様な殺人事件の真相とは。優雅な装いの下に悪魔の冷徹さと知性を秘めたバンコランの名推理。新訳にして初の文庫化(表紙カバーより)。
本作も長らくポケミスが品切れになっていたせいで、なかなか読む機会に恵まれなかったバンコラン物。あとは『四つの兇器』だね。カーは、四の五の言わずに楽しんだモン勝ちです。独特の世界観といい、クセのある登場人物といい、掟破りの作者主張といい、すべてを受け入れるだけの心の余裕と作品を楽しもうとする前向きな姿勢。これが大事です。正直、本作だって蝋人形館である必要性は全くないわけで。中盤から終盤で繰り広げられるジェフ・マールの冒険なんて、見方によっちゃ、とんだ茶番ですよ。そんな叩いて、暴れて埃が濛々と立ち込めた中に、本格たる伏線が仕掛けられているわけです。バンコランが犯人を明かして、その理由を述べる段で、思わず「ズルイ!」って言いたくなるけど、でも確かにちゃんと前もって提示されていたことを思い出す、それもすんなりと思い出すことができるくらいにハッキリと書かれているんだ、これが(あぁ、憎たらしい・・・)。それを楽しむのが、本当のカーの楽しみ方だと信じて已まないのですよ。
それにしても、本作のバンコランとマールを見ていて、つくづく御手洗と石岡君だなぁと感じました。
2012/05/07 asuka

21_十三回忌

十三回忌 (ミステリー・リーグ)

十三回忌 (ミステリー・リーグ)

ある素封家一族の、当主の妻が不審死を遂げたが、警察はこれを自殺として捜査を打ち切ってしまう。それが始まりだった。当主の妻の一周忌には「円錐型のモニュメントに真上から突き刺さった少女」、三回忌には「木に括りつけられさらに首を切られた少女」、七回忌には「唇だけ切り取られた少女」・・・と忌まわしい殺人が続いていく。そして十三回忌を迎える。厳戒態勢のなか、やはり事件は起こった。(表紙より)

ババーンとインパクトのある派手なトリックは初期の島田荘司ばり。さすがは島田荘司と共著を上奏しているだけはある。一周忌の殺人と三回忌の殺人それぞれで、長編にしてしまってもおかしくないくらいのトリックではある。本作が作者の長編デビュー作ということで、ド派手な印象を持たせるためにすべてを詰め込んだ感じがする。登場人物を動かそうとして余分なエピソードを加えたのはマイナス点だと感じた。警察小説に徹して、桐野と湊のコンビ対地元の巨大権力一族にするか、名探偵海老原とワトソン役の県警笠木で、人間関係度外視のトリック解明探偵小説のどちらかにした方がよかった。その方がすっきりするし、本格ミステリの体裁を維持したままストーリーをくみ上げられたのではないかと思う。その辺がハッキリしなかった分、最終章の謎解きとナベツネとの対決が緩んだままになってしまったのだろう。また、トリック一本勝負の作品に求めるのも酷な注文ではあるが、広い敷地のお屋敷が舞台だったこともあり、もっと怪しい雰囲気を演出してほしかった。終始、館の外側で事が進んでいくので館内部を見ることができない。ギミック要素がいたるところに散らばっているのに、使わなかった勿体なさを強く感じてしまった。
各所の書評をみていると、「武家屋敷の殺人」はすこぶる面白いようなので、デビュー作である本作からの成長度合いを見るためにも、読んでおきたい作品である。ともあれ、ド派手なトリックを楽しみたい人は、本作で十分楽しめるので一読しても損はしない。

2012/04/17 asuka

20_衣更月家の一族

衣更月家の一族 (ミステリー・リーグ)

衣更月家の一族 (ミステリー・リーグ)

「すぐ来てください! 姉が・・・、私の夫に殺されたんです」凶器の花瓶には通報者の夫の指紋が付着、その夫は逃走中・・・。これを捕まえれば万事解決、当初は単純な事件と思われたのだが、数日後に男が出頭、そこから思わぬ展開を見せ始める・・・(表紙より)

これは面白かった。目次を見たときに「廣田家の殺人」、「楠原家の殺人」、「鷹尾家の殺人」、「衣更月家の一族」となっていたので、短編小説かと勘違いしたくらい。最初の「廣田家の殺人」はそれ一編である程度、話は完結してしまっているし、読み進めていっても「楠原家の殺人」と「鷹尾家の殺人」が「廣田家の殺人」とどう関係してくるのかが、さっぱり見当がつかない中、「衣更月家の一族」ですべての事件がマージされていく手法に脱帽でした。注意深く一編一編を読んでいれば、どこかで(鷹尾家の殺人あたりで、ピンと来たかも)関係に気がついたのかもしれないけど、一編の出来がよすぎて、全体を俯瞰する行為を忘れさせたことが作者の勝利。三篇ともに毛色が違う殺人事件だったこともあり、唯一の関係は「金」だけだなとしか思えずに読み進んでいたものの、実はある要素がこんなにも重要だったなんて。あたりまえのように各章に埋め込まれていて全く最後まで気がつきませんでした。
そんなプロットにも脱帽なのですが、もうひとつ脱帽したのは、家系図といギミック。旧家のように馬鹿でかい家系図ではないけれど、ちょっと面倒な家系図ひとつで、ここまでいろいろと仕掛けられることが、今の法律でも(今の法律だから?)できること。60歳の高齢ではありますが、こういう作品がかける作者をデビューさせたということは、国内のミステリもまだまだ侮れませんね。

2012/04/17 asuka

54_裏返しの男

裏返しの男 (創元推理文庫)

裏返しの男 (創元推理文庫)

フランス・アルプスの村で、羊が狼にかみ殺される事件が相次いだ。のどに残された狼の噛み痕は、狼自体が大物であることを示していた。そして、羊と同じ大きな噛み痕を喉に残した牧場主の女性の死体が発見された。カナダ人のグリズリー研究家と村に暮らすカミーユは、女牧場主が死ぬ前に羊を殺したのが狼男だと話をしていたことで、事件に巻き込まれていく。かつての恋人カミーユをテレビのニュース画像で見つけたアダムスベルグ警視が現地に乗り込んで捜査を開始する。

ごめんなさい。6年前に読んだ「青チョークの男」の感想をケチョンケチョンに書いたことを後悔しています(http://d.hatena.ne.jp/asuka_project/20060515)。だって、アダムスベルグ警視のシリーズは、ミステリエッセンスが入った、アダムスベルグ恋物語だったんだ。前回は海洋学者のマチルドだったし、今回は奔放な配管工で元恋人のカミーユ。結局恋の行方は闇の中だけど、それはそれで読後に味わえる余韻でもあるわけだし。それにしても、本作は読み進めていく中で、いったいこの話はどこに着地するのかが見えてこなかった。主人公のカミーユが言っている"ロードムービー"のように、冒険譚が続いていく。平行してアダムスベルグが、とある女に命を狙われる話が挿入されている。そのふたつがどこで交差するのか、"ロードムービー"とどう関係しているのか。モヤモヤと読み進めていった結果、えっ!?そうなの、という感じで最後まで行き着いてしまう感じ。狼男の正体も、本当にそれでいいの?という感じ。確かに伏線を張っているけど、コイツじゃないかと思ってた人間が、ひねりもなくその通りだったりするから、ちょっと拍子抜けしてしまった。
あとがきで若竹七海が書いているように、このシリーズとヴァルガスについては、語らずに楽しめばいいのだ。

2012/04/03 asuka

53_修道院の第二の殺人

修道院の第二の殺人 (創元推理文庫)

修道院の第二の殺人 (創元推理文庫)

英国の図書館で、最愛されている作家アランナ・ナイトがおくるヴィクトリア朝エジンバラを舞台にした歴史ミステリ。
警察官であるファロは、絞首刑直前の殺人犯のハイムズが2つの殺人事件のうちのひとつは自分が犯人であることを認めたが、ふたつ目の犯行は頑なに拒否する姿を見て、疑問をもつ。ハイムズの刑が執行された直後、重病をおしてハイムズの双子の妹が、ふたつ目の殺人事件の真相究明をファロに託す。ファロの義理の息子ヴィンスと再捜査を開始する。

ポール・ドハディの修道士アセルスタンみたいな作風かと思ってましたが、全然違いました。ドハディほど硬派な歴史ミステリではなく、舞台がヴィクトリア朝時代であるだけで、歴史云々は特にストーリーに絡んでません。ミステリ的にも淡白な感じは否めませんが、ファロとヴィンスのキャラクタが生き生きとしているせいか、読みにくさもなく、ハードルの低いミステリに仕上がっています。本作はシリーズ第1作だったこともあり、助走的な印象を受け増したが、訳者あとがきで第2弾は歴史ミステリ好きを虜にさせるできばえということなので、そちらも期待しましょう。まったく余談ですが、ファロ・ヴィンスがファイロ・ヴァンスに見えるのはカタカナの魔法でしょうか。

2012/03/21 asuka

52_火焔の鎖

火焔の鎖 (創元推理文庫)

火焔の鎖 (創元推理文庫)

2009年にキラ星のごとく現れて、現代英国本格の力をまざまざと見せ付けたジム・ケリーの第2作。
27年前にアメリカ空軍の輸送機が農場に墜落。この事故で九死に一生を得たマギーは、死んだ乗客の赤ん坊と自分の息子をすり替えていた。なぜ、我が子を手放したのか。時が経ち、マギーは真相をテープに残しこの世を去る。マギーの死と同じくして、少女失踪事件に始まり、不法入国者の不穏な動き、拷問死体の発見など、敏腕記者ドライデンの周りでは事件が目白押し。過去と現在を繋ぐ謎の連鎖の真実にドライデンは近づくことはできるのか。
1作目の「水時計」同様に、過去と現在の犯罪が絡み合い複雑になった謎を主人公のドライデンが解いていくスタイルに変化はない。前作のテーマが「水」だったのに対して、本作のテーマが「火」ということで、作中の沼沢地の雰囲気が一変している。ジム・ケリーの手にかかると、同じ町なのに、「青」のイメージが「橙」へと瞬時に変わるのはとても面白い。2作目ということで前作との比較になるのは、ある意味仕方のないことだが、本作は前作に比べ、テンポというかリズムが感じられなかった。赤ん坊のすり替え、少女失踪、不法入国者問題、そして殺人事件。欲張ってしまった結果、展開がスムーズではなくその必然性を途中見失ってしまったのは自分だけだろうか。点は点のまま事件全体に散らばっていて、線にならずに点をかき集めて行き着いた先が結論だったという印象を受けた。ジム・ケリーの作品自体悪くはないのだが、本作はなんとなく自分との相性が悪かったような気がした。

2012/2/28 asuka

51_死の扉

死の扉 (創元推理文庫)

死の扉 (創元推理文庫)

のどかな田舎町ニューミンスターのファンシーショップで深夜、店主のエミリーと巡回中の警察官スラッパーが殺された。なにかと悪い噂の絶えないエミリーを殺そうとする容疑者はすぐに浮上してくるものの、善良なスラッパーまでをも殺すまでの理由がみあたらない。パブリックスクールの歴史教師キャロラス・ディーンは、ちょっと生意気な生徒ルーパート・プリグリーに煽られて探偵役を引き受けるのだが。

長いこと、入手困難だったレオ・ブルースの「死の扉」が、やっとお手軽価格で読めることになり、読者としてはうれしいかぎりである。レオ・ブルースの生み出した探偵は、本作のキャロラス・ディーンのほかに、ビーフ巡査部長がいる。ビーフ巡査部長が主役の作品のいくつかは、現在も入手可能で比較的読むチャンスがあるのだが、ディーンシリーズは原書房から出版されている「骨と髪」だけだった(「ジャックは絞首台に!」が社会思想社から翻訳されていたが、版元の倒産でこれまた入手困難)。作品リストは本書の解説に詳しいのでそちらを参考にして欲しい。
さて、本作だが、古典ミステリ特有のフェアプレイ精神で、登場人物の証言で謎解きの鍵をすべて提示してくれる。アドベンチャーゲームをやっているかのごとく、ストーリーが展開されていく。読者が探偵役に入り込みやすい作風なのだが、動機に対しての視点を変えないと、解決に導かれない。わかりやすそうではあるが、頭を使って読まないとダメだという作者の誇りみたいなものを感じる。ただ、謎解きが終わったあとに、ワトソン役のプリグリーが「かなりはったりもあったし、あちこち曖昧な点もあったけど-」といっているとおり、回答の詰めが甘いところがあるようにも感じる。この非パーフェクトさが、読者という素人探偵と歴史教師という素人探偵が等身大の存在であると感じさせ、親しみ安さを生んでいる。ディーンシリーズが23作も書かれ、読まれてきたのは、シリーズ第1作となる本作で、読者がディーンに親しみを感じたからこそなのかもしれない。これを期に、ディーンシリーズの翻訳が増えることを期待したい。

2012/2/6 asuka