66_白い迷路

白の迷路 (集英社文庫)

白の迷路 (集英社文庫)

 1作目の『極夜-カーモス-』と2作目の『凍氷』は紛れも無く警察小説に分類される。なかなか読み応えのあるフィンランド社会派ミステリだった。主人公のカリ・ヴァーラは「極夜-カーモス-」では、故郷の警察署長を努めており、その村で起きたソマリアからの移民でもある黒人女優が惨殺された事件を追う。容疑者はカリの元妻の不倫相手。捜査に私情を持込みたくはなくても必然的に私情を挟み込まざる得ない状況。やがて第2第3の殺人が起きるが、事件の深層は人種差別と宗教を含む暗いものが渦巻いていた。そして『凍氷』で、カリ・ヴァーラは『極夜-カーモス-』の事件を解決したものの悲劇的な結末を受け、ヘルシンキへ移る。警察上層部からフィンランドユダヤ人虐殺にからむ歴史の調査ともみ消しを依頼される。また同時に、ロシア人富豪の妻の惨殺事件を追う。しかしロシア人富豪の事件に関しては上層部からの干渉が入り、捜査が捗らない。それでもカリがたどり着いた双方の事件の深層は、フィンランドが抱える政治的有力者の腐敗にまみれた結果だった。
 と、ここまでが本作までに書かれた前2作のあらすじ。あらすじだけを追うとハードコアな印象を受けるが、主人公のカリ・ヴァーラはとても正義感の強いタフネスな警官でもあるが、優しさも全面にでてくる人物だ。合わせて、カリをとりまく人々も柔らかい感じを持ちあわせているので、事件の凄惨さとフィンランドの闇の部分が薄らいでしまっていてメッセージが伝わりにくかった。
 それが、本作『白の迷路』では一転して、非情なノワール小説へと昇華を遂げている。主人公のカリは上官に誘われるがまま警察内部の超法規的組織のリーダーとなり麻薬の取り締まりを進める。麻薬の没収もさることながら、麻薬で動いた金をも巻き上げる非情ぶり。前2作では正義に熱い男だったが、正義の向き先を変えたことでタフガイへと変貌を遂げている。本作の事件は移民擁護派の政治家の頭部が移民組織へ送られてくる。それを契機に黒人対白人の報復合戦がヘルシンキに広がっていく。結果的にカリは大きな痛手を受けながらも事件を解決するが、救いようのない闇へと墜落していく。
 本作では、暴力と麻薬と政治が大きく入り組んだメッセージ性の強い現代ノワールになった。表面上の「正義」を貫けば、深層的な「腐敗」を助けることになり、「腐敗」を除去しようとすれば、「正義」が成り立たない。政治家のコンゲームフィンランドの抱えるアンダーグラウンドを助長させ、更にはEU諸国の移民問題を中心とした有色人種と白人との対立、ユダヤイスラム、キリストの宗教的な対立の危険性をカリの目を通して強く訴えてくる。メッセージに含まれる闇はフィンランドに端を発し、EU連合という大きな枠へ広げている。ジェイムズ・エルロイが書いたLA4部作やアンダーグラウンドUSAシリーズとは違い、過去を抉るのではなく、現在の闇をフィクションを通じて暴き出そうとしているとことが、カリ・ヴァーラシリーズの特徴であり、ジェイムズ・トンプソンの思考なのである。
 著者のジェイムズ・トンプソンは残念ながら、事故で急逝してしまった。遺作でもあり次回作の『HELSINKI BLOOD』がどのような内容なのか興味深い。未完で終わってしまった『HELSINKI DEAD』で発信したかったメッセージも合わせて気になるところだ。
 余談だが、警察小説でもある『極夜-カーモス-』と『凍氷』はそれぞれ『SNOW ANGEL』と『LUCIFER'S TEARS』とどこか幻想的な響きだが、本作からは『HELSINKI 〜』となっており、本作は『HELSINKI WHITE』である。このタイトルの付け方の変更もジェイムズ・トンプソンの中で何かが大きく変わった現れなのであろう。

2015/02/06 asuka

極夜 カーモス (集英社文庫)

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凍氷 (集英社文庫)

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