67_そして医師も死す

そして医師も死す (創元推理文庫)

そして医師も死す (創元推理文庫)


『兄の殺人者』に続くディヴァインの2作目は、閉鎖コミュニティの中で繰り広げられる人と集団の対立構造。本作で探偵役を務めるのは外部から赴任してきた診療所の医師アラン・ターナー。共同経営者だった友人の医師ヘンダーソンの死は事故死ではなく、故殺だと市長のハケットから指摘を受ける。そこからターナー医師が捜査を開始するのだが、容疑者はコミュニュティの有力者とヘンダーソンの後妻のエリザベス、そしてターナー自身。捜査を進めていくと自ずと市長を始めとした有力者への嫌疑が募っていくため、反発も大きくなる。そして、コミュニティではターナー医師とエリザベスが不倫しているのではないかと噂を囁かれ、ターナー医師の信頼が低下していく。決定的な証拠がないため、ターナーは土地の有力者を追い詰められずにおり、さらには信頼低下という反撃を受け形勢はどんどん不利になっていく。主人公の一人称で物語が進められていき、敵方の容疑者を意図的に怪しく見せてはいるが、ターナー医師の脇が甘く自分自身が不利な状況に追い詰められていくなか、味方の容疑者に対しても疑いを拭い切れないもどかしさを感じさせる。そこに第三者の友人でもある警部補が中立的な立場の推理を挟み込んでくるので、読者は霧に包まれた感覚になる。
こういった軸足が定まらない不安定な状況を一方の視点から描きだし、派手さのない事件をもの凄く大きな事件に見せているのはディヴァインの上手さであろう。謎解きのポイントは動機と人物の行動であり、論理的かつ冷静に読み解けば、自ずと糸が解けていく妙。とはいえ、手練の読者でも先に書いた様に、ディヴァインの仕掛けた雰囲気に翻弄され、真実を探りだすのは困難であろう。しかし、解決段階にいたるまでには、全ての情報は開示されており、ターナー医師の目を通して見ているときっと謎は解けないが、本格ミステリから寸分も逸脱していない作品構成に感服させられる。
事件もさることながら、やはりよそ者ターナー医師と市長を始めとする土地の有力者との対立も興味深い。ターナー医師の視点で物語が書かれているために、右に左にフワフワと動いてしまう下層の住民達への不快感を読者も総じて受けてしまう。ターナー医師を味方として読み進めることによって、事件解決後に残る彼の周りの人間への不信感が、ターナー医師が最後に取る行動への理解が読者に苦もなく受け入れられるのであろう。犯人の指名と最後のターナー医師の行動が合わさってこそ、本作の真のエンディングとなる。これは他の作家には真似できないディヴァインならではの特徴なのではないだろうか。『ウォリス家の殺人』などに繋がっていくものがあるような気がするのである。
登場人物がワサワサ動いていて落ち着かない感じは、中期以降のディヴァインの作風ではなりを潜めたように思えるので、こういったところも初期作品のよみどころではないかと思う。派手なトリックなどを使わずとも、本格ミステリの面白さをディヴァインという作家を通じて味わえるのは、海外ミステリ好きの至福の一時である。

2015/03/02 asuka

兄の殺人者 (創元推理文庫)

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ウォリス家の殺人 (創元推理文庫)

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