30_ディオニュソスの階段

ディオニュソスの階段 上 (ハヤカワ文庫NV)

ディオニュソスの階段 上 (ハヤカワ文庫NV)

ディオニュソスの階段〈下〉 (ハヤカワ文庫NV)

ディオニュソスの階段〈下〉 (ハヤカワ文庫NV)

単なるシリアルキラー物のようにとらえられてしまいがちな、帯に書かれている「殺人鬼」という言葉。シリアルキラー物だと先入観を持たせてしまいそうな表紙に書かれたあらすじ。それらが非常に「もったいない」。この作品に限っては、そんなに単純なシリアルキラー物ではない。上級のサスペンスを提供してくれる、目立たない秀作である。

舞台は19世紀末。1899年が終わり1900年が幕をあけるそのときのイタリア。貧富の差がはっきりとわかれる「市」の中にある、労働者階級が住むミニャッタ地区の描写。「神」の化身が鍛冶屋を惨殺。あるトラウマをかかえドラッグに身を委ねる警部の苦悩。プロローグで物語りの舞台を見事に書きあげ、そして緊張を伴なった幕開け。登場人物もそれぞれ替えがたい個性を持ち、だれ一人として無駄はない。残虐描写ばかりに偏ることなく、ストーリーも崩壊することがない。そして、犯人と警部のカタルシスが語られた後に、犯人である「神」の誕生と動機の形成が、まるで短編小説のように120ページにおよんで明らかにされる手法。全てを読み終わったときに感じている「神」への同情。本編を読んでいる時に謎として残っていた動機が解明されたときに、犯人への感情移入が無意識に芽生えている妙。いままでに味わったことの無い感覚だ。

ディオニュソスの階段」というタイトルもばっちりはまっている。ギリシャ神話をベースとしているが、読者に対してその知識は前提としていない。どんでん返しを基調としたサスペンス物が流行っているが、そんなサスペンスに食傷気味だという人に是非読んで欲しい作品である。

2007/11/27 asuka