02_マヂック・オペラ-2・26殺人事件-

これは江戸川乱歩の「怪人二十面相」へのオマージュなのか。2・26事件と言う昭和最大の出来事をこうまで幻惑的に、かつ歴史から逸脱せずに書ききる山田正紀の凄さを感じる。第二次大戦直前の昭和7〜12年くらいまでの昭和史を予備知識として持っていると、さらに面白く読めること請け合いである。この作品から当時の時代背景を知ることもできなくはないが、ストーリーの幻惑性によって歴史の筋や軍部の政治的内情などは、つかみづらいと思われるので注意が必要である。

正直、全編を通して何を一番書きたかったのかを理解できないでいる。2・26事件の陰の真実をクローズアップしたかったのか、乃木坂の置屋で起きた密室殺人の真相なのか、遠藤平吉という人物が演じるドッペルゲンガーの真相なのか。全てがクロスするのだがするり、するりとほどけてしまうのである。いやほどけているように見えて、しっかりと結びついているのだが、結び目を見失うのである。それくらい幻想的にストーリーが展開されるのだ。読んでいく文字が読んだそばから消えていくような不思議な感覚。立ち止まることも、振り返ることもできず、前にただ読み進めていくだけが許される。そしてたどり着いた結末には何も残っていない。まるで夢から覚めたような感覚が読後感として残るのだ。この感覚こそ、この作品に盛り込まれたミステリなのだ。きっと主人公である特高の警部補である志村も同じ感覚を抱いて生きてきたに違いない。そしてその夢のような感覚を司っているのは、検閲図書館の黙忌一郎なのである。何を書きたかったのかが理解できなかったとして、それはマイナスではない。むしろそれを無理やりに読み解こうとして覚醒してしまう方がマイナスなのだ。この作品は、その幻惑性と読後の夢遊感を堪能できることが大切なのだということが、行きついた結論だ。

この不思議な麻薬にも似た感覚の<オペラ3部作>に酔いしれることは、ミステリ読みとして貴重な、そして重要な体験である。

2006/03/15 asuka