10_間違いの悲劇

間違いの悲劇 (創元推理文庫)

間違いの悲劇 (創元推理文庫)

いまさら、エラリークイーンの作品のでき云々を語っても仕方がないと、個人的に考えている。世界で認められた存在であり、エラリークイーンという作者名が作品を凌駕することさえあるからだ。ただ、収録されているパズル・クラブの3篇に関しては、日本人では少々取っ付き難いだろう。英語だからこそ見えてくるものもあるし、西洋の文化を理解しているか否かで、ポイントが違うからだ。読み物として楽しめればそれでいいし、クイーンの作風を感じながら読めればさらによい。

作家という仕事をしたことがないし、ましてや二人一組で小説を書いたこともないので、シノプシスの存在自体知らなかった。小説に限ったことではないのだろうが、音楽などの作品を組み立てていくための指標であろうことはなんとなく想像はついたのだが。シノプシスと言う形ではないにしろ、エンジニアという立場で仕事をしていく上で、シノプシスに近いものはたくさんある。そのシノプシスがこれほどまでに完成され、かつ読み物として成り立っていることを実感することができるのは、エラリークイーンの、というよりもダネイの天才的なものがあるからこそである。このシノプシスを英語ではなく日本語で接することの幸せ、文庫で気軽に読めることのありがたみを痛感させられる一冊なのである。
「間違いの悲劇」が小説にならずにシノプシスのままだったことで、いろんな想像や夢を持つことができるのも、ミステリ読みとして幸せなことなのかもしれない。巻末に収録されている有栖川有栖のあとがきを読むと、つくづくそれを感じるのだ。有栖川有栖が「間違いの悲劇」を小説化するという、有栖川有栖にとっての一時の夢、そんなプロジェクトが進行していた事実を知り、小説化されたらどんなものができ上がってきたのだろうかという読者の夢。100ページ弱のシノプシスには、計り知れない夢が詰まっているのである。
シノプシスを残してくれたダネイに感謝、このシノプシスに夢を詰め込むためにエラリーの小説を書いてくれたリーに感謝、なによりエラリークイーンに感謝なのである。


2006/02/17 asuka