09_アイルランドの柩

アイルランドの柩 (ランダムハウス講談社文庫)

アイルランドの柩 (ランダムハウス講談社文庫)

ミステリでは珍しいアイルランドが舞台。うたい文句にもなっているゴシック風サスペンスを堪能できる。そのアイルランドの湿原から、赤毛の娘の頭部が発見される。泥炭地という特殊な地形に埋まっていたその頭部は、300年の長きに渡り防腐されていた。その頃、赤毛の娘の頭部が発見されたアイルランドの小さな田舎町では、ブラックリンハウスという豪邸に住む地元の名士の妻と子供が行方不明になっていた。赤毛の娘の調査を進めるのは二人の学者コーマックとノーラ。妻子行方不明事件を捜査するのは田舎町の警察署に左遷された刑事デヴァニー。二つの事件が絡み合うようで、絡み合わない。実によい距離感で並行して物語りが進展していく。小さな町ゆえに、ブラックリンハウスに滞在することになった二人の学者は、否応なしに妻子行方不明事件を意識せざるを得なくなる。二人が追うのはあくまで赤毛の娘の身元。妻子行方不明事件にとらわれなかったことと、事件を捜査している刑事が必要以上に、二人に協力を求めなかったことが、その距離感を生んでいるのだ。

二つの事件の収束のさせ方も上手くいっている。無理のない解決といっていいだろう。赤毛の娘の最後の偶然性も小説としての読ませ方でもある。ただ、解決に至るまでに少々長さを感じてしまう。サスペンスに終始していれば、もう少しスペード感が生まれたのかもしれな。田舎町特有の人間関係や事件にかかわる家族の逸話などの、ヒューマンストーリー的なものも読みどころのひとつなのだが、少なくとも私の好みではなかったし、そこを厚くするのなら、もうすこしアイルランドと言う国の歴史を書き込んでもよかったと思う。せっかく赤毛の娘が中世期の人間と設定しているのだから、イングランドとの歴史的抗争を盛り込めたはずだから。ここは好みが別れるだろうし
、歴史について書かれる部分が多いとヒステリカルサスペンスにものが変わってしまうところでもある。

エリン・ハートと言う作家はアメリカ人らしい。が、アイルランドの歴史、文化に大きな興味を抱いているらしく、何度もアイルランドへ足を運ぶほどのようだ。小説に出てくるアイルランドの情景を楽しむのもよいだろう。個人的な見方だが、今回、主役を張った二人、コーマックとノーラはシリーズ化していくのではないだろうか。

2006/02/12 asuka