22_絃の聖域

新装版 絃の聖域 (講談社文庫)

新装版 絃の聖域 (講談社文庫)

長唄人間国宝の家元、安東家の邸内で女弟子が殺された。芸事に生きる親子、妾、師弟らが、三弦が響き愛憎渦巻くなかで同居している閉ざされた旧家。家庭教師に通っている青年、伊集院大介の前で繰り広げられる陰謀そして惨劇。その真相とは!? 名探偵の誕生を高らかに告げた、栗本薫ミステリーの代表作!(講談社文庫HPより)
伊集院大介の初登場作品。パッと見えらく分厚く感じるが、元々は上下組み。650ページを超えるが長さをまったく感じさせない作品だ。和の雰囲気を前面に押して立てていて、内容は入り組んだ人間関係と愛憎劇が織り成す昼ドラに推理要素をトッピングした、なんともボリュームのある構成。謎解きに色々とツッコミ要素はあるものの、「芸」という大きな闇に埋もれた真の動機には関心させられるものがある。栗本薫といえば、物語の進行よりも、その場その場の情景や人物、それに心情を懇切丁寧に書き込むことで荘厳感を醸し出すのが味だと思う。この作品においても、言葉の無駄遣い(褒めてます)は健在だ。栗本薫にかかれば、普段長唄なんて聞きもしないし、知りもしないのに読者はいつのまにか俄か玄人になっていて、演奏会の情景をわかったような風で読んでいる。女房に相手にされずに、そのあてつけに女弟子に手をつけ、妾までをも同じ敷地内に住まわせる家元の気持ちも、そんな父親を心底毛嫌いする娘の気持ちも、病弱な少年を心から愛する従兄の気持ちさえ、言葉を追いながら、うんうんとうなずいている。物語が進まないもどかしさと、丁寧な描写をもう少し楽しみたい気持ちとのジレンマ。何かに似ている。そう、「鹿威し」だ。添水の竹筒に貯まる水は、無駄遣いされる言葉。言葉が積もり積もっていくが、なかなか竹は傾かない。積もった言葉によって情景が心情が満杯になって竹が傾いて言葉が溢れだしたあと、音を鳴らして次の場面へ。ハッと気づかされる場面転換。そしてまた言葉が竹を満たしていく。これこそが栗本薫の真骨頂なのだ。本格ミステリを堪能しながら、この栗本節を楽しんで欲しい。

2012/6/27 asuka

61_迷走パズル

演劇プロデューサーのピーター・ダルースは妻を亡くしてから酒浸りになり、とうとう入院加療の身となった。とある晩、ピーターは「ここから逃げろ。殺人が起こる」という自分の声を聞いてパニックに陥る。幻聴か? その話を聞いた療養所のレンツ所長は、少し前から院内に不穏なことが続発している、評判にも関わるので調べてくれと頼む。探偵役を務めることは社会復帰に向けて効果的との判断だ。かくて内偵を始めたところが美女と恋に落ち、折しも降りかかった殺人事件の容疑から彼女を救うべく奔走するピーター。今や事件解決と二人の退院は、切っても切れない至上命題だ!(東京創元社HPより)
パズルシリーズの1作目。お手ごろ価格で読めるまでに何年かかったことか。。。事件のとっかかりが突拍子もなさすぎるけど、登場人物をちゃんと動かしてストーリーが単調にならないように仕上げているのはさすがだ。動機だったりトリックだったりちょっとした弱点はあるものの、幻聴・幽霊の声などの伏線の張り方、証拠なんて脆弱でも気合とノリで犯人に罠を仕掛けてしまうクライマックス、一番の見せ場である最後の謎解きのダルースの詰めの甘さ加減などなど、ページ数が少ないながらも楽しむポイントがふんだんでサービス満点の内容となっている。時代的な部分でピンと来ないところはあるけれど、ここから始まるパズルシリーズの面白さの先駆け的な1作である。読んでおいて損はないし、これを読めばパズルシリーズが楽しみになること請け合い。
2012/6/20 asuka

60_死せる獣 -殺人捜査課シモンスン-

死せる獣―殺人捜査課シモンスン (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

死せる獣―殺人捜査課シモンスン (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

コペンハーゲン警察殺人捜査課課長コンラズ・シモンスンは、突然休暇から呼び戻された。学校の体育館で、謎の配置と仕掛けで首を吊られた五人の男性の遺体が見つかったからだ。男たちは幼児性愛者らしい。犯人擁護の世論が高まり捜査は難航するが、コンラズは犯人をおびきよせる罠を仕掛ける。デンマークの大型警察小説(ハヤカワオンラインより)
これほど肌に合わない作品は久しぶりだ。一番の読みどころは、学校の体育館に吊るされた5人の惨殺死体の表現だけ。主人公であるコンラズをはじめ、いろいろな問題を抱える捜査班の刑事たちを丁寧に書き込んでいるのだが、それがストーリーと絡んでこないのでストレスを感じる。クライマックスも、犯人グループのリーダーとコンラズの一騎打ちがあれば、もう少し入り込めたかもしれない。全体的にいろんなパーツが組み合わされずにバラバラのまま終結してしまった印象を受けた。
舞台であるデンマークの社会情勢に詳しくないので、本作が社会派ミステリに分類されるかは不明だが、小児姓愛者撲滅キャンペーンの展開のしかたや、犯人グループへの逆転的な世論とか、現代社会の脆さみたいなものを考えさせられた。500ページを超える大作なのだが、自分にとっては色んな意味で重たいだけの作品だった。
2012/6/19 asuka

59_アイ・コレクター

アイ・コレクター (ハヤカワ・ミステリ 1858)

アイ・コレクター (ハヤカワ・ミステリ 1858)

ベルリンを震撼させる連続殺人事件。その手口は共通していた。子供を誘拐して母親を殺し、設定した制限時間内に父親が探し出せなければその子供を殺す、というものだ。殺された子供が左目を抉り取られていたことから、犯人は“目の収集人”と呼ばれた。元ベルリン警察の交渉人で、今は新聞記者として活躍するツォルバッハは事件を追うが、犯人の罠にはまり、容疑者にされてしまう。特異な能力を持つ盲目の女性の協力を得て調査を進める彼の前に、やがて想像を絶する真相が! 様々な仕掛けを駆使して描く驚愕の傑作 (ハヤカワオンラインより)
エピローグから始まり、プロローグで終わる。ページが遡っていく不思議な仕掛け、軽快なテンポとめまぐるしく展開していくストーリー。そして、<つづく>のテロップがでてエンドロールな結末。なんて、ハリウッド的な作品なんでしょ。でも、それ以上でもそれ以下でもない。決してつまらないわけではないけれど、面白さに奥行きがない。読み応えはあるけど読みにくい。非常によいサスペンスに仕上がっているんだが、表面的に面白いだけで終わってしまっていて歯痒い感じなのだ。じゃあ、どこが悪いのかといえば、キャラクターは主人公の新聞記者も盲目の女性もちゃんと立っているし、ストーリーも適度にポイントがあってメリハリがついている、終盤にかけての緊張感の高まりとショートレンジの場面転換など動きもある、そして終わり方にもサプライズが用意されている。ということで、悪い点が見当たらない。小説として優等生過ぎることで、表面的な面白さで終わってしまっているのだ。いってしまえば平均点。なので、印象に残らない。ジェフリー・ディーバみたいな感じではあるが、なにかに突出していないのでディーバに追いついていない。褒めたいのか貶したいのか、感想までどっちつかずにしてしまう本作。ある意味、すごい本なのかもしれない。
2012/6/19 asuka

58_技師は数字を愛しすぎた

技師は数字を愛しすぎた【新版】 (創元推理文庫)

技師は数字を愛しすぎた【新版】 (創元推理文庫)

パリ郊外の原子力関連施設で、突然銃声が鳴り響いた。人々が駆けつけると技師長が射殺され、金庫からは重さ20キロほど核燃料チューブが消えていた! パリ市民を核爆発の恐怖、放射能汚染の危険にさらす怖ろしい危険物が盗み出されたのだ。国際スパイ事件なのか? 司法警察の捜査が始まった。そして現場は密室状況にあったことが判明する。更に続く密室状況下の事件。フランスを代表する共作作家による不可能犯罪ミステリの傑作。(東京創元社HPより)

しばらく入手困難だった本作も、お手ごろ価格で読むことができるようになりました。クラシック見直し(新版)については、今後も引き続いていってほしいものです。さて、本作はフランスが誇るミステリ作家、ボアロ&ナルスジャックの本格モノです。ボアロ&ナルスジャックといえば緊張感あふれるサスペンスを思い浮かべますが、本作はまさかの密室モノ。それも殺人だけでなくチューブなる核燃料までが消失してしまいます。このあたりはさすがボアロ&ナルスジャック。サスペンス要素を盛り込んでストーリーに幅を持たせてくれます。密室トリック自体は勘のよい人なら、状況証拠をもとにピンとくる程度の軽いものです。トリックが軽い分、核燃料チューブ消失にも読者の目をひきつけてスパイ事件を匂わせているものの、技師を殺してまで奪ったチューブの使い道にまったく言及していないため、腰砕けになってしまった感を否めません。もしかしたら、密室モノとして完成させるのではなくて、チューブを中心としたサスペンス物にしたほうが、ボアロ&ナルスジャックの本領が発揮できたのではないかと考えてしまいます。トリックも悪くないし、話も退屈さを感じさせないにもかかわらず、印象が薄いそんな作品。でも、ボアロ&ナルスジャックの本格モノという点では読み逃してならない作品です。

2012/05/29 asuka

57_名探偵のキッシュをひとつ

名探偵のキッシュをひとつ (コージーブックス)

名探偵のキッシュをひとつ (コージーブックス)

老舗チーズ店の跡継ぎシャーロットは、香りだけで種類を見極めるチーズの達人。そんな彼女は、祖父母が築き上げた大切な店に磨きをかけるため、思い切って店舗をリニューアルすることに。そして迎えた新装開店当日。無料で村人たちを招き、チーズや特製キッシュ、シャンパンで最高のおもてなし。その味を絶賛され、パーティは大成功、と安心したのもつかのま。よりによって店の目の前で、いじわるな地主が殺される事件が起こり・・・!? あろうことか容疑者にされてしまった大好きな祖母を救うため、シャーロットは忙しい店の仕事のかたわら、犯人捜しに乗り出す。(表紙より)
コージーミステリなるものを初体験。ミステリとしてだけでなく、ほのぼのとした田舎の日常を楽しむのがいいのだろう。なんといっても、作中随所に登場するチーズ絡みの料理とレシピ。ヴァン・ダインやカーなどの作品で探偵が披露する薀蓄とは全く違った薀蓄を楽しむことができる。眉間に皺を寄せて、伏線だの推理の穴だのを見つける読み方ではなくて、紅茶を片手にクッキーをつまみながら物憂げな午後に読むのに最適だと思う。全体の雰囲気は女性らしさを感じるが、実はこういう作品は男性が読むべきなのではないだろうか。読んだあとパートナーにも勧めて、ミステリという共通話題にプラスして、チーズやワインなんかを楽しむ時間をつくるきっかけになると思うのである。ま、二人ともにガッツリ濃いミステリ読みには向かないかもしれないが。

2012/05/23 asuka

56_マシューズ家の毒

マシューズ家の毒 (創元推理文庫)

マシューズ家の毒 (創元推理文庫)

嫌われ者のグレゴリー・マシューズが突然死を遂げた。すったもんだの末に検死を実施したところ、死因はニコチン中毒で、他殺だったことが判明。だが故人の部屋はすでに掃除されており、ろくに証拠は残っていなかった。おかげでハナサイド警視は、動機は山ほどあるのに、決め手がまったくない事件に挑むはめに・・・。(表紙より)
「紳士と月夜の晒し台」に続く、ハナサイド警視シリーズの2作目。帯でも執拗に煽ってますが、巨匠セイヤーズ認めた実力派の異名に負けることのない作家です。本作はのっけから、故人をとりまくおば様方が、ピーチクパーチクにぎやかしい。あえてにぎやかな演出をしているには何かわけがあるのかと、それぞれをじっくり観察せざるを得ない。なので序盤で結構神経を使います。そこへ、本作一番の曲者、故人の遺産相続人であるランドールを登場させられる。故人に対してにぎやかしかったおば様方が輪をかけてにぎやかしくなって行くのは、舞台のドタバタを見ているよう。ほほえましくもあり、疑わしくもあり。さらに、ランドールとハナサイド警視の対決にも目が離せない展開。ミステリのプロットに加えて、この演出を施した本作は、前作ははるかに上回るできなのです。前半のにぎやかしさから、中盤のスリル、そして終盤の緊張感を経て、ランドールとハナサイド警視の決着の余韻まで、全編を通して言うことのないできばえです。主人公のハナサイド警視をも凌駕したランドールをみて、邦題の「マシューズ家の毒」は絶妙だと関心しました。
付け加えておきますが、杉江松恋氏がステラ・マシューズという登場人物の「ツンデレ」を堪能して欲しいと言っていたのを見て、大きく頷きながら爆笑しました。あるタイミングでの「ツン」から「デレ」への変貌も是非、楽しんでください。

2012/05/23 asuka