22_絃の聖域
- 作者: 栗本薫
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2012/05/15
- メディア: 文庫
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伊集院大介の初登場作品。パッと見えらく分厚く感じるが、元々は上下組み。650ページを超えるが長さをまったく感じさせない作品だ。和の雰囲気を前面に押して立てていて、内容は入り組んだ人間関係と愛憎劇が織り成す昼ドラに推理要素をトッピングした、なんともボリュームのある構成。謎解きに色々とツッコミ要素はあるものの、「芸」という大きな闇に埋もれた真の動機には関心させられるものがある。栗本薫といえば、物語の進行よりも、その場その場の情景や人物、それに心情を懇切丁寧に書き込むことで荘厳感を醸し出すのが味だと思う。この作品においても、言葉の無駄遣い(褒めてます)は健在だ。栗本薫にかかれば、普段長唄なんて聞きもしないし、知りもしないのに読者はいつのまにか俄か玄人になっていて、演奏会の情景をわかったような風で読んでいる。女房に相手にされずに、そのあてつけに女弟子に手をつけ、妾までをも同じ敷地内に住まわせる家元の気持ちも、そんな父親を心底毛嫌いする娘の気持ちも、病弱な少年を心から愛する従兄の気持ちさえ、言葉を追いながら、うんうんとうなずいている。物語が進まないもどかしさと、丁寧な描写をもう少し楽しみたい気持ちとのジレンマ。何かに似ている。そう、「鹿威し」だ。添水の竹筒に貯まる水は、無駄遣いされる言葉。言葉が積もり積もっていくが、なかなか竹は傾かない。積もった言葉によって情景が心情が満杯になって竹が傾いて言葉が溢れだしたあと、音を鳴らして次の場面へ。ハッと気づかされる場面転換。そしてまた言葉が竹を満たしていく。これこそが栗本薫の真骨頂なのだ。本格ミステリを堪能しながら、この栗本節を楽しんで欲しい。
2012/6/27 asuka
61_迷走パズル
- 作者: パトリック・クェンティン,白須清美
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 2012/04/27
- メディア: 文庫
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パズルシリーズの1作目。お手ごろ価格で読めるまでに何年かかったことか。。。事件のとっかかりが突拍子もなさすぎるけど、登場人物をちゃんと動かしてストーリーが単調にならないように仕上げているのはさすがだ。動機だったりトリックだったりちょっとした弱点はあるものの、幻聴・幽霊の声などの伏線の張り方、証拠なんて脆弱でも気合とノリで犯人に罠を仕掛けてしまうクライマックス、一番の見せ場である最後の謎解きのダルースの詰めの甘さ加減などなど、ページ数が少ないながらも楽しむポイントがふんだんでサービス満点の内容となっている。時代的な部分でピンと来ないところはあるけれど、ここから始まるパズルシリーズの面白さの先駆け的な1作である。読んでおいて損はないし、これを読めばパズルシリーズが楽しみになること請け合い。
2012/6/20 asuka
60_死せる獣 -殺人捜査課シモンスン-
死せる獣―殺人捜査課シモンスン (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)
- 作者: ロデハマ,セーアンハマ,Lotte Hammer Jacobsen,Soren Hammer Jacobsen,松永りえ
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2012/05/01
- メディア: 単行本
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これほど肌に合わない作品は久しぶりだ。一番の読みどころは、学校の体育館に吊るされた5人の惨殺死体の表現だけ。主人公であるコンラズをはじめ、いろいろな問題を抱える捜査班の刑事たちを丁寧に書き込んでいるのだが、それがストーリーと絡んでこないのでストレスを感じる。クライマックスも、犯人グループのリーダーとコンラズの一騎打ちがあれば、もう少し入り込めたかもしれない。全体的にいろんなパーツが組み合わされずにバラバラのまま終結してしまった印象を受けた。
舞台であるデンマークの社会情勢に詳しくないので、本作が社会派ミステリに分類されるかは不明だが、小児姓愛者撲滅キャンペーンの展開のしかたや、犯人グループへの逆転的な世論とか、現代社会の脆さみたいなものを考えさせられた。500ページを超える大作なのだが、自分にとっては色んな意味で重たいだけの作品だった。
2012/6/19 asuka
59_アイ・コレクター
- 作者: セバスチャン・フィツェック,小津 薫
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2012/04/06
- メディア: 新書
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エピローグから始まり、プロローグで終わる。ページが遡っていく不思議な仕掛け、軽快なテンポとめまぐるしく展開していくストーリー。そして、<つづく>のテロップがでてエンドロールな結末。なんて、ハリウッド的な作品なんでしょ。でも、それ以上でもそれ以下でもない。決してつまらないわけではないけれど、面白さに奥行きがない。読み応えはあるけど読みにくい。非常によいサスペンスに仕上がっているんだが、表面的に面白いだけで終わってしまっていて歯痒い感じなのだ。じゃあ、どこが悪いのかといえば、キャラクターは主人公の新聞記者も盲目の女性もちゃんと立っているし、ストーリーも適度にポイントがあってメリハリがついている、終盤にかけての緊張感の高まりとショートレンジの場面転換など動きもある、そして終わり方にもサプライズが用意されている。ということで、悪い点が見当たらない。小説として優等生過ぎることで、表面的な面白さで終わってしまっているのだ。いってしまえば平均点。なので、印象に残らない。ジェフリー・ディーバみたいな感じではあるが、なにかに突出していないのでディーバに追いついていない。褒めたいのか貶したいのか、感想までどっちつかずにしてしまう本作。ある意味、すごい本なのかもしれない。
2012/6/19 asuka
58_技師は数字を愛しすぎた
- 作者: ボワロ&ナルスジャック,大久保和郎
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 2012/04/27
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パリ郊外の原子力関連施設で、突然銃声が鳴り響いた。人々が駆けつけると技師長が射殺され、金庫からは重さ20キロほど核燃料チューブが消えていた! パリ市民を核爆発の恐怖、放射能汚染の危険にさらす怖ろしい危険物が盗み出されたのだ。国際スパイ事件なのか? 司法警察の捜査が始まった。そして現場は密室状況にあったことが判明する。更に続く密室状況下の事件。フランスを代表する共作作家による不可能犯罪ミステリの傑作。(東京創元社HPより)
しばらく入手困難だった本作も、お手ごろ価格で読むことができるようになりました。クラシック見直し(新版)については、今後も引き続いていってほしいものです。さて、本作はフランスが誇るミステリ作家、ボアロ&ナルスジャックの本格モノです。ボアロ&ナルスジャックといえば緊張感あふれるサスペンスを思い浮かべますが、本作はまさかの密室モノ。それも殺人だけでなくチューブなる核燃料までが消失してしまいます。このあたりはさすがボアロ&ナルスジャック。サスペンス要素を盛り込んでストーリーに幅を持たせてくれます。密室トリック自体は勘のよい人なら、状況証拠をもとにピンとくる程度の軽いものです。トリックが軽い分、核燃料チューブ消失にも読者の目をひきつけてスパイ事件を匂わせているものの、技師を殺してまで奪ったチューブの使い道にまったく言及していないため、腰砕けになってしまった感を否めません。もしかしたら、密室モノとして完成させるのではなくて、チューブを中心としたサスペンス物にしたほうが、ボアロ&ナルスジャックの本領が発揮できたのではないかと考えてしまいます。トリックも悪くないし、話も退屈さを感じさせないにもかかわらず、印象が薄いそんな作品。でも、ボアロ&ナルスジャックの本格モノという点では読み逃してならない作品です。
2012/05/29 asuka
57_名探偵のキッシュをひとつ
- 作者: エイヴリーエイムズ,Avery Aames,赤尾秀子
- 出版社/メーカー: 原書房
- 発売日: 2012/04/01
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コージーミステリなるものを初体験。ミステリとしてだけでなく、ほのぼのとした田舎の日常を楽しむのがいいのだろう。なんといっても、作中随所に登場するチーズ絡みの料理とレシピ。ヴァン・ダインやカーなどの作品で探偵が披露する薀蓄とは全く違った薀蓄を楽しむことができる。眉間に皺を寄せて、伏線だの推理の穴だのを見つける読み方ではなくて、紅茶を片手にクッキーをつまみながら物憂げな午後に読むのに最適だと思う。全体の雰囲気は女性らしさを感じるが、実はこういう作品は男性が読むべきなのではないだろうか。読んだあとパートナーにも勧めて、ミステリという共通話題にプラスして、チーズやワインなんかを楽しむ時間をつくるきっかけになると思うのである。ま、二人ともにガッツリ濃いミステリ読みには向かないかもしれないが。
2012/05/23 asuka
56_マシューズ家の毒
- 作者: ジョージェット・ヘイヤー,猪俣美江子
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 2012/03/22
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「紳士と月夜の晒し台」に続く、ハナサイド警視シリーズの2作目。帯でも執拗に煽ってますが、巨匠セイヤーズ認めた実力派の異名に負けることのない作家です。本作はのっけから、故人をとりまくおば様方が、ピーチクパーチクにぎやかしい。あえてにぎやかな演出をしているには何かわけがあるのかと、それぞれをじっくり観察せざるを得ない。なので序盤で結構神経を使います。そこへ、本作一番の曲者、故人の遺産相続人であるランドールを登場させられる。故人に対してにぎやかしかったおば様方が輪をかけてにぎやかしくなって行くのは、舞台のドタバタを見ているよう。ほほえましくもあり、疑わしくもあり。さらに、ランドールとハナサイド警視の対決にも目が離せない展開。ミステリのプロットに加えて、この演出を施した本作は、前作ははるかに上回るできなのです。前半のにぎやかしさから、中盤のスリル、そして終盤の緊張感を経て、ランドールとハナサイド警視の決着の余韻まで、全編を通して言うことのないできばえです。主人公のハナサイド警視をも凌駕したランドールをみて、邦題の「マシューズ家の毒」は絶妙だと関心しました。
付け加えておきますが、杉江松恋氏がステラ・マシューズという登場人物の「ツンデレ」を堪能して欲しいと言っていたのを見て、大きく頷きながら爆笑しました。あるタイミングでの「ツン」から「デレ」への変貌も是非、楽しんでください。
2012/05/23 asuka